Twitterで村上春樹の本の中から、考えさせられることを投稿している。今回は「そうだ、村上さんに聞いてみよう」の本の中から、人生を前向きに生きるために考えさせられることを紹介していきたい。

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【心の傷を考えさせられる名言】

「人生で一番深く心の傷として残るのは、多くの場合、自分が誰かに傷つけられたことではなく、自分が誰かを傷つけたことです。誰かに傷つけられたときには、「傷つけられたのが自分でよかったんだ」と思うといいです。」


社会に出て生活をしていると、多かれ少なかれ傷付くことを言われることがある。ブログを書いていても、どうしてこんな酷いことをわざわざ言うのだろう、と思うようなことを書かれることがある。そんなときに考えたいことは、相手は自分でも気が付かないうちに自分自身を傷付けているということだ。

何か傷付けられることを言われた場合、その言葉をそのまま受けると辛くなるから、同じ目線になって傷付け合うのではなく、傷付けられたのが自分で良かったと前向きに考えることも人生には必要かもしれない。なかなか難しいことだけど。

【負けを考えさせられる名言】

「自分に対してにせよ、他人に対してにせよ、ある程度負けることに馴れるというのは、人生においてとても大事なことです。負けないことも大事ですが、負けてもくじけないことのほうが大事なんだと思います。」


生きていると何かに負けることは必ずある。全てが思い通りにいくわけはないのだから、自分の立てた目標が達成できない場合もあるし、相対的に他人に負けるということだってある。勝つことも大事だけど、負けても立ち上がることが人生には必要だ。挫折を知らないで何もかもうまくいっていては、相手の苦しみも理解できない。負けないことより負けてもくじけない強さの方が人間としての魅力は増すだろう。

【世代を考えさせられる名言】

「僕は人を年代でわけて「抽象的に」考えたりすることを意識的に避けています。どんな世代にも立派な人はいるし、つまらない人もいるからです。これは人種についても同じです。そのパーセンテージは大体同じです。」


若い人はこうだ、年寄りはこうだ、と抽象的に決めつけて考えるのは、根拠のない偏見だと考えた方がいい。これは男の人はこうだ、女の人はこうだ、血液型がこの型だとこうだ、ということも同様だが、根拠もなく決めつけて考えることは誤った思い込みにつながる。

そのことは間違えた前提で相手を捉え、本来は得られたかもしれない素晴らしい人間関係が失われたり、交友範囲を自ら狭めることにもなってしまう。人生において大切な出会いを、誤った判断で失うことはもったいないことだ。

【自身を考えさせられる名言】

「どんなに素晴らしいコンサートに行っても、あなたに演奏を理解する耳がなかったら何の意味も持たないし、ラジオから流れてくる貧弱な音で聴く音楽だって、あなたに優れた感受性があれば人生を変えてしまうかもしれない。」


環境のせいにして自身は何もできないと考えてしまっては、自分自身で可能性をなくしてしまっていると言える。たとえどこにいようと、自分次第で新しい価値観は得られることができる。どんなに素晴らしいことを体験しようと、それを得られる感受性がなければ何も得られないし、逆に感受性が豊かであれば、どんな体験からでも人生を変えるきっかけになるかもしれない。つまり人生は環境も大事だが、それ以上に自分自身に変えるきっかけはあると言えそうだ。

【男として考えさせられる名言】

「相手の女性が「私のどこが好きなのか100言ってみて」と言うのなら、「よしきた!」と101並べるのが男です。」


これを見て何を面倒なことを言っているんだ…と思ってしまうのなら、おそらく相手の気持ちを
考えるという視点が不足しているかもしれない。相手の立場に立って期待に応えられることは、人間関係において大切になる。相手が好きなことを100求めているのが期待であれば、それ以上のことをしようという考えを持つことが求められることがある。もちろん全ての期待に応えようと頑張らなければいけないというわけではないが、そういう優しさを持つべきときもあるかなとは思う。

まとめ

・傷付けられたのが自分で良かったと前向きに考えよう
負けてもくじけないことのほうが大事
・人を年代でわけて抽象的に考えることは避けるべき
・人生は環境も大事だがそれ以上に自分自身に変えるきっかけがある
・相手に対して期待に応える優しさを持つべきときもある